「秋風」  ryonaz



その時、一迅の風が吹いた。
身を包む大気の涼やかさは、夏の終わりを否応なしに告げる。
夏の間、あれほどけたたましく大地を揺るがせた蝉の叫びももう聞こえない。朝から公園で元気よく遊ぶ子どもたちも、心配なほど薄着のコギャルたちも、今は姿を消していた。
夜半を過ぎ、吸い込む息は冷たくなっている。
しかし、俺の全身から滴る汗は、止むことがなかった。
俺は抵抗をやめた。それが無駄だということを身をもって悟ったからだ。
身体中が熱い。
スーツには、どす黒い液体が生々しく付着していた。ポケットの中の財布を必死で守る俺の手は、無惨に踏みつけられ、同じ液体によって彩られている。額から流れてくるのが汗なのか、それとも別の何かなのか、それすらもわからなかった。
俺を見下ろす瞳は六つ。瞳の奥の妖しい光は、まるで俺を縛る鎖のように感じられた。言葉はない。しかし彼女たちの口元から零れる微笑が、俺の身体を否応なしに震わせる。
彼女たち三人は、まだ十代だろうか。幼さの残る綺麗な顔を、マスカラとグロスで飾っていた。
狙いは金だろう。財布だけは何としても守らなければならない。俺は財布を握る手にぎゅっと力を込めた。
三人のすらりとした脚が、高く振り上げられた。
陽を十分に浴びた褐色の美しい肌を惜し気もなく晒される。スカートがまくれ上がり、恥部を覆う布がちらりと覗いた。
一瞬のことだった。
命の危険すら感じる場面のはずなのに、なぜか俺の瞳は彼女たちの下着に釘付けになっている。そして――
瞬く間に俺の視界が大きく反転した。
自分が地面に突っ伏したことを自覚した時には、既にこの身は、蹴りという名の嵐に包まれていた。酷く激しく、冷たく、痛みと苦しみを伴う突風だった。
叩き付けられる数々の雨に打たれ、俺の身体はさらに熱さを増していった。
額から、鼻から、目尻から、口元から――
身体中の至る所から熱い液体が流れ落ちていくのを感じる。腹部への衝撃は、喉元から黄水をせリ上がらせる。下半身への衝撃は、容赦なく俺の内臓を鷲掴みにする。
意志に反して、この身体は右へ左へと突き動かされる。自由が効かない。俺の身体は、彼女たち三人の思うがままになっていた。
財布を握っていた力が、どんどんと失われていく。
彼女たちの力と狂気に触れ、俺は自分の無力さを知った。壊されていく自分自身を、ただ感じていることしかできなかった。ただひとつ、俺の愚息だけが、その存在を強く主張していた。
やがて嵐は止み、静寂が辺りを包み込んでいた。俺は仰向けになり、大の字で地面に身を預ける。翳む瞳をかろうじて開いた時には、既に俺の運命は決まっていた。
一人はその肉感のある太腿で俺の首を絡め取り、じわじわと圧迫を強めていく。一人はそんな俺の身体を固定するかのごとく、ローファーの裏で胸を押さえつけている。そして最後の一人は、まったく衰えを見せない俺のモノを玩弄していた。
痛みと苦しみゆえに膨張し、膨張するがゆえに弄ばれ、弄ばれるがゆえに愉悦を与えられる。
三人の声がその場一帯を覆っている。しかし俺の頭は、既にその言葉を解釈できない。ただ彼女たちの嘲りと、罵倒する声の響きだけが脳を掠めては消えていった。
やがて凄まじい快楽がこの身を高沸へと誘った。下腹部に温かいものが滴る。
敗北の香りは、ただただ甘かった。
俺の手から零れ落ちた財布を、彼女たちが見咎める。
いいさ。持って行けば。俺にはもうそれを守る力はないのだから。
しかし、彼女たちは財布を一瞥した後、興味なさそうに視線を外した。
一番大人びた娘の手が、血で染まっている。それを彼女はペロリと舐め、恍惚の表情を浮かべる。
そうか……。彼女たちが欲していたのは――
長い前髪で片目を隠した娘が、ゆっくりと俺に近付いてくる。
血のにおいが鼻腔をつんざく。
俺は、鉄錆のにおいでどうにかしてしまったのだろうか。
その時俺は、確かに幸福を感じた。



END

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